2022年11月29日火曜日

ゆ・そ・ちゃ~みんぐ

 

先々週、長野県佐久市にある能楽堂の廃墟を見てきましたが、茶室を見なかったので再び出掛けました。
能楽堂の東側には、日本庭園と藤棚がありました。人が手を加えなくなって何年くらい経つのか分かりませんが茶室へと続く道は雑草や倒木で、とても歩きにくくなっていました。藤の木は枯れてはいないようなので5月中旬くらいには見事な花が咲くのかもしれません。能楽堂から茶室までは、100メートルくらいでした。
ところで先のブログに「純金の糸で刺繍された障子、大正期に造られたガラス戸なども失われていました。」と書いてしまいましたが、あらためて見たら現存していました。同じ意匠の障子は茶室にも使われていました。茶室の中には和箒が一本落ちていただけで茶道具などは何もありませんでした。
自治体などが管理している庭園などには、お金を払えば利用出来る茶室があったりするようですが、使う人がいないときでも見物で立ち入ることは出来ない場合が殆どなので、これまで茶室らしい茶室を見たことはあまりありません。それに公共施設だと法律の縛りがあるようで、木造の茶室は建てられないみたいです。そんなわけで茶室は、あちこちにありそうで実際には「無い」建物です。
能楽堂から北側の斜面を上がって行くと「悠玄山房」と名付けられた(株)星ヶ丘光苑の本社と社長の自宅を兼ねていたと思われる建物がありました。

2022年11月27日日曜日

美人弁天の湯

小さなものから大きなものまで七福神の石像や木像は日本中に数え切れないくらいありそうです。わたしは各地に存在する七福神巡りというものを一度も回ってみたことがありません。5月に歩いた葛老山には、木彫りのカッパ七福神がありましたが、これはほぼ宗教的要素が稀薄で御利益も無きに等しいと思えます。七福神の像は均等な数になっているのでしょうか? なんとなく弁天様が一番多いような気がします。伝統的な造り方や制作する人の好みがあるかもしれませんが、意外と美人の弁天像は少ない感じがします。人間に喩えたら何歳くらいの顔が想定されているのでしょう?
五岳荘へと行く前にたまたま立ち寄ったら営業していなかったのが弁天温泉でした。温泉としては一番肝心な露天風呂と浴室をちゃんと見なかったので翌週また出直しました。
排水路が詰まるかなにかしているのか、露天風呂の周辺は水没していました。男湯の脱衣場に掲示してあった平成7年の「温泉分析書」に拠ると泉温は、48度となっていました。水と混ぜて適温にすると言うことでしょうか。背後にある岩壁から水(温泉)が滴り落ちてきていました。でも湯気は出ていませんし、あまり温度は高そうではありませんでした。同様の地形は、温泉場となっていないところも含めて那須には、あちこちに存在します。積雪のある時期の方が雪が溶けているので見つけやすそうです。
弁天像は、童女が微笑んでいるかのような顔に見えました。今までに見てきた弁天像の中では最も若々しくて美しい顔でした。神社の拝殿らしき建物は潰れ落ちていました。ちょうどもみじの紅葉がきれいでした。11月5日でした。
内湯を見に行くことにしました。内湯からドアを隔てて露天風呂と繋がっていますが水没しているので建物の方から入り直しました。女湯は、建物が傾いてきているのか戸を開けるのが大変でした。浴室へと続くガラス戸を開けるとムワっとする水蒸気が押し寄せてきました。勝手に温泉が流入しているようです。洗い場まで湯が溢れています。お湯に触れてみると生温い感じでした。男湯の方は、まったく水でした。再び外へ出て露天風呂に手を入れてみると女湯と同じくらいの温度でした。露天風呂は混浴だったようです。誰も来そうにありませんし、もう少し湯温が高ければ裸になって入ってみるところでした。

2022年11月24日木曜日

800号室・最上階スイートに泊まろう!!

 

10月4日に行ってみた福島のあぶくま高原ホテル・大越温泉健康ランドと似たような施設が栃木県にありました。パーソナルベリーベストオブザルイン2022当確となった市貝町のS医院からは僅か9キロの所にある茂木健康センター・ホテルグリーンヒルです。
あぶくま高原ホテルはバブル後に造られましたが、ホテルグリーンヒルは1988年に「那珂川ゴルフ倶楽部」と共に開業しました。ゴルフ場は、1993年に会員数2700名で10億円を超える年商だったそうです。ネット上の情報では”ホテルグリーンヒルは2008年3月3日に閉館。経営母体の那珂川観光が同日破産手続きの開始を東京地裁に申し立て、即日開始決定を受けたのに伴って営業を停止した。同社の負債総額は約77億円”となっていました。業績が良くないことは分かっていたでしょうが従業員にとっては青天の霹靂であったのかもしれません。今でも事務所には書類などが丸ごと残っていますし客室の各部屋にはテーブルの上に茶菓子が用意されたままになっていました。まぁ荒らされたり盗賊の痕跡はありますが、殆どのガラスは割られずに残っています。
ホテル棟の8階は、宿泊できる部屋が一つだけでした。ホテルの手前にある教会で式を挙げて、この800号室で初夜を迎えたカップルはどれほどの人数だったのでしょう。平成元年に男30歳、女25歳で結婚したと仮定すると現在は65歳と60歳なっています。あの素晴らしい愛をもう一度と言うことで老いぼれる前にもう一度泊まってみてはいかがでしょうか? 鍵はかけられていませんでした(笑)。他の部屋も概ねきれいなままです。